2007年04月19日

2006.05.01 [Mon] 12:40

こんな天気の日には単車乗りたい。

朝には自分の影を追いかけながら走る。
夕方には沈む夕日を追いかけて走る。
そういうのがいい。
まあそれだと西にしか行けないんだが。

***
去年実家に帰ったとき。
昔、恋人を単車の後ろに乗せて走った道を、車で走った。
この時期は緑が綺麗なあの道。

後部座席には妻とチャイルドシートに乗った息子。
なるべく平静を装う努力をしながら走ったが、どうしてもあの頃を思い出してしまう。


単車でタンデムして走ると、フルフェイスのヘルメット越しにはなかなか会話はできない。
でも僕の背中にぴったりくっついた彼女は、よく歌を歌ってた。

ゴキゲンで歌を歌う彼女。
メット越しに聞こえてくるって、どんだけの声量だ。

単車止めて、
「なあ、歌ってたやろ?ゴキゲンやなあ。」
と言うと、真っ赤になりながら
「聞こえてたの?」
って。

また走ってると、急に僕の肩を後ろからバンバン叩く。
何?と思ってシールドを上げると、
「止めて!」
と大騒ぎして。

何だか分からぬまま慌てて単車を寄せ、エンジンを切る。

単車から降りた彼女は草原の向こうを指差しながら
「今ね、あの雲がすっごい、いい感じなの!」
興奮気味でカメラのシャッターを押しつづけてた。

あの道を走ると、夕日に照らされた彼女の横顔を思い出して困る。


僕は妻と息子を後部座席に乗せたクルマのステアリングを握りながら、時々遠くの雲を見た。
「あの雲は、彼女の被写体になるのかなあ」
ぼんやり思った。


最近、少し大きなカメラが欲しいと思う。  

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2007年04月18日

軌跡

昨日、パソコンに入ってる写真を見てた。
昔の自分の写真を見てて思った。
…僕は、本当に、太った。

たまに昔の写真を見て、痩せようと思うことは良い事かもしれない。

***
かつて本気で愛したあの子と、一緒に写った写真もあった。
あの子の写真はMOに隔離したはずなのに、まだあったか。


***
彼女と一緒に写った写真、手紙はまだ持ってる。

昔の女と一緒に写った写真や、手紙持ってるなんて、サイテー
と思う人も多かろう。
そりゃそーだーね。そーだろー、そーだろー。

しかし、あの時期、彼女と一緒に過ごしていなければ、今の僕はいないと思う。
一緒に今の僕を形作ってくれたものの軌跡を、やはり残しておきたいと思う事は、罪なのだろうか。


彼女が送ってくれた手紙に添えられた短歌がある。

わ れ ら か つ て 魚 な り し 頃 か た ら ひ し
藻 の 陰 に 似 る ゆ ふ ぐ れ 来 た る
水 原 紫 苑

進化の木を元に辿ると、幹に近い部分は魚になる。
我々がかつて魚だった頃、語り合っていた藻の陰に似た、夕暮れだ
なんて、言える人に出会えることはあるだろうか。
ひょっとしたら、何十万年も何百万年も昔に、どこかで会ってたんじゃないかと思える人に出会えたことは、とても尊いことだと思う。  

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2007年04月18日

都合のいい

「私達ってさ、逢うたびにこうしてるよね。」
部屋に入るなり、彼女は腕を僕の首に回しながら言った。

いつものようにキスをして、彼女を抱き寄せる。
首筋に唇を這わせると、彼女は目を閉じた。

「これじゃあ、おサルさんじゃん」
彼女は笑いながら言う。

「じゃあ、今日はやめとく?」
僕は唇を離しながら、彼女の方を向いた。
「だめー」

彼女は僕に抱きついたまま、僕を大きなベッドに押し倒した。

部屋のほとんどをベッドが占めるような、さびれたラブホのあの風景、流れた時間、痛いくらいのキスは、何年経っても思い出すことがあって困る。
今思えば、恥ずかしくて顔から火が出そうな会話も覚えている。


たまーにそれを思い出して、うぎゃーって思いながら足をバタバタさせる傍らには、妻と息子が静かに寝息をたてていたりする。


あんなに強く想っても想われても、ハッピーエンドからは遠かった。
何もかも捨てることができなかったのは、僕の方だった。

でもあの時、もし恋人と別れて彼女と一緒になっていたら、ハッピーエンドがあったのだろうか。
残念だが、それが全然イメージできない。

結局、これで良かったんだ、と言うより、これが良かったんだと思うことが多い。

今、彼女にも家庭がある。
都合のいい思い込みかもしれないが、彼女もまた、僕と同じように思ってる気がする。

聞いたわけではないが。
なんとなくだ。なんとなく。
  

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2007年04月17日

先日、大学の同期のコと電話で話してるときに、共通の女友達の話になった。

「そういえばさ、あのコ、体壊して実家に帰ったって、知ってる?」

知らなかった。
そういえば僕は、彼女とはほとんど連絡をとってない。

彼女は大学の同級生。
友人というか同士というか。



大学4年の終わりの頃だっけか、僕はちょくちょく彼女の部屋で過ごすようになっていた。
それまでにも何度か仲の良い数人の友人と集まり、誰かの部屋でプチ合宿してたことはあるのだが、いつのまにか二人だけで夜を明かすことが多くなっていた。

彼女の部屋で、二人で借りてきた「やっぱり猫が好き」のビデオをダラダラ見ながら酒を飲み、同じところで笑う。
眠くなったら寝る。
枯れた夫婦の様な時間を過ごしてた。

彼女の家で過ごしてるとき、僕のケータイに恋人からの着信があっても、彼女は平然としていた。
そういう部分はドライだった。


いつだったか、いつもよりも少し寒い夜。
僕が先に彼女のベッドで寝てしまい、気がついたら彼女が隣にいた。
「もう一つお布団出すのめんどくさい」
らしく。
寒かった夜。
二人でふざけながら、くっついて寝た。

それから、僕が彼女の部屋に泊まるときは、一つのベッドで寝るようになってた。
目がさめたとき、彼女が僕の腕に抱きついてたこともあったが、いつからかそれが自然になった。

初めて唇を重ねたのは、僕の方からだったと思う。
彼女の寝顔を見ていたら、いつのまにか、触れていた。

彼女はそれに応えてくれた。
触れあうようなキスは、時間をかけて深くなった。

その夜は、空が白んでくるまで唇を重ね続けた。
何だか、彼女とはずっと前からそうしてきたような錯覚があった。


その日を境に、彼女は僕のケータイの着信音が聞こえると、部屋の外に出るようになる。


数日後、いつものように彼女の部屋で過ごし、いつものように二人でベッドに入ったとき。
彼女の唇はすぐに僕の唇を塞いだ。
すごいスピードで彼女の体温が上がるのが分かった。

彼女の首筋から胸に唇を這わせると、彼女は大きく喘いだ。
しかしその余韻を楽しむこともせず、急かされるように彼女は僕の服を脱がせた。

僕は彼女の服のボタンを一つずつ外しながら、唇で肌を確かめた。
僕の唇が、彼女の一番敏感な部分に近づくにつれ、彼女の手に力が入ってたのが分かった。

「ひょっとして、感じやすい?」
彼女の顔を見上げながら聞く。
彼女は目を閉じたまま、何も言わなかった。

ゆっくりと彼女の中に入ろうとした。
彼女は小さく叫んで、反射的に体を逃がした。

…この子、バージンだ。

このとき僕はブレーキかけるべきだったのかもしれない。
だが、思慮の浅い僕は、ゆっくりと体を動かし始めた。


彼女の足の付け根あたりに、古い縫合の痕があった。
「あ、手術の痕…」
思わず呟いた僕に、彼女は「そう。」と小さく答えた。

彼女は小さい頃、大きな手術をしたという話を聞いたことがある。
長期にわたって車椅子の生活を強いられてたときの、その痕だ。


裸で胸を合わせるというのは、お互いのプライベートな部分を見せ合う事でもある思っている。
彼女はそれを、辛い思い出が詰まった手術の痕も一緒に、僕に見せてもいいと思ったんだろう。

そして、それを初めて見せる相手に、僕を選んだ。

ゲームを楽しむように彼女を抱こうとしていたことを、少し恥じた。


その後、何度か彼女と体を重ねた。

求められるのが嬉しかった、というだけではなく。
単純に彼女を抱きたかった。
あの頃の僕は、なぜか彼女の体温に包まれたかった。


あれから7年くらい経つ。
今、彼女はどうしているのだろう。

あの手術の痕を、見せられる人がいれば、と思う。
  

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2007年04月14日

いつか死ぬ

2007年01月08日

今回10日ほど正月休みを取った。

親戚をくまなく回ったので、一日もヒマな日というのが無く。
とにかく移動時間が長かった。

行った先々で、息子の一挙手一投足に笑いが起きる。
皆が目を細めていた時間というのは、単純に楽しかった。

親戚のおいちゃんもおばちゃんも、ずいぶん老けた気がする。
僕が今年32歳のおいちゃんになるんだから、そりゃそうか。


久しぶりに会った母は、少し白髪が増えた気がした。
昔はパートに出ていた母も、還暦が近くなり引退した。
外に出る機会が減って、白髪を染めるのも面倒くさくなったのかもしれない。

祖母は、いつのまにか杖をついて歩くようになっていた。
高校の頃、祖母と一緒に親戚の家でバイトしてたころは、業務用の食洗機からじゃんじゃん器を取り出していたのに。

父は相変わらず忙しそうだった。
ゴルフで。

僕の実家にいるとき、僕らはいつも離れの2階にいる。
1月3日だったか、僕のケータイに父から着信があり、
「今から降りて来い。飲むぞ。」
と言ってすぐに電話を切った。

父からの電話というのはいつも数秒で終わる。

母屋の居間で父とビールを飲んだ。
特に何の話をするわけでもなく。

日本人男性の平均寿命って77歳くらいだったか。
父は今年60になるので、あと17年。
僕が実家に帰るのが年に2回なので、親父と飲めるのもあと34回。

自分の家族なのに、会う頻度は恐ろしく低く、一緒に飲める回数はもう残り少ない。


妻の実家に行き、妻のご両親に会う。
当然ここでも息子を中心に笑いが起こる。
楽しげに息子と遊ぶ彼女の両親を見ていた。

妻と二人だけになったとき、ふと妻から義母が目に病気を持っていることを告げられた。
老化に伴うものらしいが、徐々に視力の低下が進行し、最悪の場合失明もありうる、との事だった。

僕の息子と大げさにはしゃぐ義母を見ていると、義母は見えるうちに息子の姿をその目に焼き付けようとしているのかと思えてきて、少し泣きそうになった。


妻の実家には大きな犬がいる。
帰省中はずっと曇天か雨天だったのだが、わずかな晴れ間を見つけて久しぶりに犬の散歩をした。

この犬は、体が大きい割に気性が穏やかで、息子も犬の名前を呼びながら恐る恐る触ることができた。
前回までは、犬が吠える声にビビっていた息子も、自分の背丈ほどの高さにある鼻先をなでていた。

僕が綱を持って近づくと、ちぎれんばかりに尻尾を振っていた。

一緒に走ったが、以前は僕が全力で走っても追いつけないスピードでずっと走っていたのに、今回はちょっと走るとすぐにスピードが落ちていた。

この犬は、僕が妻と交際を始めた頃にやってきた。
もう10年近く妻の実家にいると思う。

大型犬というのは老化が早いと聞いたことがある。
この犬も老いてきているということか。


人だって犬だって、年月を経れば老いてゆき、いつか死ぬ。
死亡率は100%だ。
そんなことはアタマでは分かってたつもりだが、老いてゆく事や死んでゆくことが、今は寂しくて仕方が無い。

故郷から帰ってきて、そんなことばかり考えている僕も、年をとったということだろう。   

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2007年04月14日

東京

2007年01月17日

年半前、東京本社を離れるとき。

別れ際に手を握ってくれた女の子がいる。


大学の同級生。

東京への転勤が決まったとき、就職してすぐに東京へ転勤になっていた彼女を思い出した。
あー、そういえばあいつ、東京にいたよなあ、と。

人づてに彼女の連絡先を聞いて、彼女にメールした。
「4月から、東京に転勤になった。」

すぐに彼女から返信。
「ひさしぶりだね!東京に来たら、教えて。また飲もうよ。」

彼女の友達とも仲良くなった。
彼女のおかげで会社以外の場所で友人ができた。

時々、彼女から「デートしようよ」メールが届いた。
お互いがお互いを異性とは思っていなかったのもあって、特に何かが起きそうな雰囲気は無かった。

彼女が僕をデートに誘うときは、大概男性に関する悩みがあるとき。
好きな人がいるけど、どう攻めるべきか、などを聞きたいときに僕を呼び出していた。

僕が東京を離れることが決まったその日、その彼女と、彼女を通じて仲良くなった友人達にメールで連絡した。
直後、彼女から返信。
「うそでしょ?せっかくまた近くなれたのに。イヤだよ。」
社交辞令だとしても、そう言ってくれるのが嬉しかった。

だが、翌日も彼女からメール。
「昨日連絡もらってから一晩経ったんだけど、まだあなたが遠くに行っちゃうって事に対して、気持ちの整理がつかない。もし恋人だったら別れるときは諦めがつくし、代わりを作ろうと思えば作れるんだけど、あなたみたいな友達の代わりはつくれない。」

彼女がこんな風に気持ちを見せたのは初めてだった。

彼女とその友達は僕の送別会を開いてくれた。
銀座でご飯を食べて、六本木で飲んだ。
そのとき彼女と撮った写真は、恋人同士のような写り方をしている。

帰るときに、彼女から
「駅に着くまで、手え繋ごうよ。」
と提案され、それが当たり前の様に手を繋いで歩いた。
小さい頃、仲のいい友達と手を繋いで歩いたように。

地下鉄の改札を抜けて別々のホームへ向かう前に、彼女は僕の手を握り直した。
「東京で、あなたに再会できてよかったよ。ありがとう。」
と言ってくれた。
僕は、ありがとう、と他に何か気の利いた事も言えず、普通にお礼を言った。

僕は、ちょうど男友達にするように、ちょっと乱暴に彼女と短いハグをした。
彼女はちょっとビックリしていたようだが、すぐにその手を僕の背中に回してくれた。


東京には、そんな思い出があるなあ、と、ふと思い出した。   

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2007年04月14日

「愛している」と

2007年01月26日

「愛している」という言葉をしばらく発していないと思う。
んー、これは良くない傾向か?

愛する人は、僕が黙ってたってどこにも行くまい、と安心しきっているのかもしれない。


今思えば、脆い恋をしているときほど、「愛している」と言っていた気がする。

ほんの小さな力で少しバランスが崩れただけで、連鎖的に壊れてしまいそうな恋だと。
そう自覚しているときに、この言葉で何かを繋ぎ止めようとしていたようだ。


今となっては、「愛している」と言う言葉には切なさが伴う。
本来、切ない言葉でも何でも無いはずだが。   

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2007年04月14日

2007年01月28日

2007年01月28日

18の頃だったか。
恋人に
「魔法なら持ってる。目ぇつぶってみ。」
と言って、突然唇を重ねた。
1秒くらい。

「どう、時間が止まる魔法は?」
彼女に聞いた。

「キスって、こんなに嬉しいもんなんだって、初めて知ったよ。」
すぐに彼女の方から背伸びをして、僕に今覚えたばかりのキスをしてくれた。
少し長めのキス。

後から彼女に聞いたら、その長いキスの間、息を止めてたらしい。
キスの時は、息を止めるもんだと思ってたとか。

誰かの初めてのキスの相手になるのって、初めて裸で胸を合わせる相手になることよりも、嬉しいかもしれない。


それにしても、あんな恥ずかしい台詞を照れもせずよく言ったもんだと思う。   

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2007年04月14日

ハッピーバースデー

2007年01月31日

少し早いが、妻の誕生日プレゼントを買った。
カードを出してサインするとプレゼントが買えちゃう便利なシステム。
ホント、金使ったって感じがしない。

こうして毎年TIFFANYで買ってるが、毎回シルバーだ。
僕の収入ではこれが精一杯。
いつかプラチナ買っちゃるけんな。
って、そりゃいつだ。

出会ってから10個目のバースデープレゼント。
時系列順に並べたりできるか?
多分無理。
二年前に買ったものがもう思い出せない。

先程妻に
「今から帰る」
とメールした。

結婚して5年目なのに、ケータイアドレス帳の妻の名前は、まだ旧姓で登録してある。
変更するのが面倒臭いのと、「は行」で探した方が慣れてるのと。

「は行」にある妻の名前を探すとき、夫婦になる前にもこうして電話をかけたことを思い出せる。

だから名前の登録を変更しないのかもしれない。


ハッピーバースデー。
夫婦になる前の5年間も、夫婦になってからの5年間も、君が側にいる事が僕の誇りで、自慢です。
なので、来年も再来年も、誕生日を祝わせて下さい。

…となかなか言えないのでここに書いておく。
(言えよ!)   

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2007年04月14日

泣きそうになった理由

2006年12月25日

昨日、パソコンの前で息子を膝の上に乗せ、ハードディスクに撮りためた写真を見てた。

僕の膝の上に乗って、一緒に画面を見ている息子が、まだ妻のお腹の中にいるときの記録を見て泣きそうになった。
多分、生まれてきてくれてありがとうな、と思ったんだろう。


ちょっと前、不思議な夢を見た。
第二子が無事に生まれ、抱かせてもらった夢。
確かに、手にはぬくもりが伝わってくるのに、何故か顔にはガーゼがかけられていた。
でも、そのガーゼがかけられた赤ちゃんを、僕は大切に抱きつづけた。
そんな夢。

半年ほど前に、第二子を流産している。
きっとその子が、忘れないで欲しいと、僕にその夢を見せたのだろう。

その夢を見る前に、僕はその子を失ったことを忘れつつあった。
あんなに泣いたし、あんなに辛い出来事は、正直忘れたかった。
でも、白黒の超音波画像でしか見ることができなかったあの子は、短い間だったが間違いなく僕らの家族だった。
家族を忘れるなんて、僕はひどい父親だ。

今膝の上に乗っている息子がこの世に生まれ出て、泣いたり笑ったり走ったりしている事というのは、本当にたくさんの奇跡が重なり合った結果なのだと強く思うようになったのも、名前すら付けられなかったあの子が教えてくれたから。
せめてあの子に名前をつけてあげられなかったのか。

そんなことを考えて、僕は泣きそうになったんだろう。


あの子を流産した後、妻が息子を抱きしめて泣いていた。
この子がいて本当に良かったと言いながら、泣いていた。

生まれてくれて、ありがとうな。
膝の上でいつのまにか寝息をたてていた息子を、もう一度抱きしめた。


年をとると、些細なことで泣きそうになるのは、何かのきっかけがこれまで経験したいろんなことを引き連れてくるから。
そんな気がする。   

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2007年04月14日

サイの国さいたま

スタートしました。
よろおね。  

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